STORY

プラットホーム

住宅地に存在する「電車」。

住宅街の真ん中に、突如として電車の車両が置かれていた。兵庫県高砂市。そもそもはオープンハウスなどを見て、僕の仕事に興味を持って頂いていたお客様だった。「家を新築したいのですが土地に電車がありまして…狭いので撤去しようと思うんですが…」と相談されていたのだ。「なぜこんなところに電車が?」と聞けば、元はご主人の大叔父さんがどこからか譲り受けてきたものなのだという。それ以降、「町の憩の場」として開放されていたのだ。

「電車」ここに残しませんか?

僕はいつものように現地調査を始めた。土地に立ち、周囲の建物や状況を把握する。太陽の方角を見て、風向きなどを肌で感じる。詳しく現場を見てみると、存在感があって狭くは見えるものの、実際のところ電車は車2台分くらいのスペースしか使っていないことがわかった。電車がそこに佇み刻んできた歴史、そこに集まってきた人の思い、「撤去するつもりです」と言った時のお客様の表情…いろんなことが頭に巡った。既に撤去する方向で業者さんも決まっている状態とは、聞いていた。けれど、僕はあえてこう提案した。「スペースは十分確保できます。やっぱりこの電車ここに残しませんか?町で親しまれてきたこの電車を無くしてしまうくらいなら、今度は自分たち、子どもたちのために使いましょうよ」と。そんな言葉を待っていたかのように、ご家族からはゴーサインが出た。

あるモノを最大限に活かす。

大切にしたのは「電車があること」を活かした設計。その上でプラットホームのようなスタイルにするのは、ある意味、必然だった。打ち合わせの末、2階建てにせず「電車と寄り添う平屋」でいくことになった。家の部分だけで生活が完結しては、いずれ電車はただの収納スペースになりかねない。せっかくある「電車」という空間を活かし、家と電車の距離感を縮めるためにも「暮らしの一部」としてあらかじめ設計に盛り込むこと。お客様にはそんな「家だけに縛られない暮らし」に気づいて頂けたのだ。

町の「新しいプラットホーム」。

住み始めたご家族を訪問してみると、家と同じ床材を貼って仕上げた電車は、2人のお子さんの格好の遊び場になっていた。子どもの様子が窓ごしに見守れるのも安心だという。ご夫婦の趣味のスペースや飲み会などにも使われているらしい。たびたびメディアの取材も入るおかげもあり、住み始めて4年が経った今もスッキリとスマートな暮らしが続いている。僕の設計した家がご家族、そして町にとって「新しいプラットホーム」として受け入れられ、順調に歩み始めていることをうれしく感じた。